「晶馬くん得意教科は何?」
ある日の放課後、いつものように僕を待ち伏せていた荻野目さんとの帰り道。
唐突に彼女がそう聞いてきた。
「ど・どうしたの?突然」
やや前のめりになって、僕の顔を覗き込む彼女に気押されて、
リアクションをうまくとることが出来なかった。
思わず、両手で彼女の体を押し返してしまう。
「数学は?世界史は?得意?」
押し返す腕にも構わず、彼女はさらに僕に顔を寄せてくる。
「え?え?苦手ではないけど…」
僕の答えを聞くが早いか、彼女は僕の腕をとってぐいぐいと歩き出す。
「うわあ!荻野目さん何!?」
「勉強、教えて!!」
無理やり連れてこられたのは、彼女の家だった。
彼女の家は母親との二人暮らしで、その母親も仕事で留守がち。
この日も、母親は不在だった。つまり、荻野目さんとふたりきり。
私の部屋で!と息巻く彼女を、さすがにそれはマズイからとなだめて、
リビングで彼女の勉強を見ることになった。
荻野目さんは今、必死に数学の問題を解いている。
彼女は、多蕗や僕のストーカーをするために、塾通いをさぼっていたらしい。
そのツケがまわってきて、成績が落ち始めてしまったのだという。
とくに苦手としている数学が、大変まずいことになったのだという。
というわけで、手みじかな相手である僕を頼った、ということらしい。
「ねえ、晶馬くん、ここ、どうしてもへんな数字になるんだけど」
「ちょっと貸してみて…ああ、これは公式が違うよ、こっちの公式をつかうんだ」
「あ!ほんとだ綺麗な整数になった!」
「ね。計算の仕方自体はあってるから、すぐに自力で解けるようになると思う」
「ほんと?よかったー」
彼女は満面の笑みを浮かべる。今日初めて見る、リラックスした表情だ。
「それにしても晶馬くん、本当に数学出来るのね」
「できるって言っても、兄貴ほどじゃないけどね」
「へえ、冠葉くんて理系得意そうだもんね。晶馬くんはイメージと違う、かも」
「そうかな?」
「なんか、ちょっと男の子みたい。」
それは、なんだか心外だ。
「男だけど?」
「じゃなくて、教えてもらったことがあるの料理とかしかなかったから
ちゃんと男の子っぽいことも出来るんだなって」
とても心外な気分だった。
いちおう引越しの手伝いなんかもして、それなりのつもりだっただけに。
「なんだか惚れ直しちゃった」
そんな不意打ちのセリフに、どうリアクションをしていいか分からなかった。
彼女はニコニコと満足げに微笑んでいる。
もしかしたら、荻野目さんは知的な男が好みだったりするのだろうか。
多蕗といい。でもあれは嘘の恋だったけれど。